自分に合う、好きな人生を生きればいいと思う。
セミリタイアまで残り数日となり、ネクタイは、一つだけ残してすべて捨てました。
残りの日数に合わせて、Yシャツやスーツを一つずつ捨てていくことを楽しみにしている、今月末にセミリタイアする40代男性です。
思いついたことをただ書いています。
皆、自分の好きに生きればいい
大企業に勤める知人に、セミリタイアをすると話したときに、「なぜ辞めるのか」と聞かれた。
「自由に楽しく生きたいから」と答えると、「なんで!?、会社で自由に好きなことできるし、仕事は楽しいのに」と言っていた。
その人は、嘘を言っているようには思えない。
自分の会社員時代や転職後の職場では、楽しそうに仕事をしている人はいなかったから、あまりの違いに驚いた。
会社では働きやすいように制度が整っていて、営業マンですらノルマがなく、皆楽しそうに仕事をしている、らしい。
信じられないけど、それが本当で、自分がその会社の会社員だったとしてもやはり定年まで続けることはないと思った。
深く話をしていると、人間が根本的に違うのだなと感じた。
その知人は、生まれもってか、教育なのかはわからないけど、会社員、サラリーマンというものに見事に適応しきっている。
だから、違和感なく、楽しいのだろう。
「会社員が楽しいならいいことだな」と僕は言った。本当にそう思う。
仕事が楽しく、1千万円を超える年収があるなら幸せに違いない。
だけど、自分はそうなりたいとも羨ましいともまったく思わなかった。
自分には自分の幸せがあって、その人の幸せとは違う。
中身の人間が違うのだから、外側を入れ替えてもどうにもならない。
どっちがいいかではなく、人は皆、自分に合うような、自分の好きな人生を生きればいいのだと思う。
自由を選ばないこともまた人生
自分の職場では、「仕事を辞めたら何をしていいかわからない」と言う話を何人かから聞いた。
実際に定年を迎えた人は、ほぼすべての人が再雇用を選択する。
かといって、楽しそうに仕事をしているようにも見えないし、再雇用を選ぶ理由の多くは、「することがない」「続けるのが当たり前」「経済的な問題」なのかと思う。
染まり、適応しきってしまうと、レールの上でしか安心できない、幸せを感じられなくなるのではと思う。
ほとんどの人は「自由」を欲してなどおらず、自由を与えられてもどうしていいかわからないというのが、現実のところではないか。
セミリタイアやFIREした人であっても、教育や社会の呪縛から解き放たれないままだと、自由がストレスになって、会社員に戻る人もいる。
心の声に耳を傾けること
自分の幸せがサラリーマンであるなら、全力で取り組めばいいし、そうでないなら別の道を模索すればいい。
サラリーマン、自営業、起業家、投資家、セミリタイアなど、自分がやりたいことをすればいい。
一生のうちのほとんどの時間が、職場と家の往復という人生を僕は望まないけど、本人がそれでいいのなら、いいのだと思う。
人はそれぞれ違うのだから、どれがいいかなんて話は成立しない。それぞれの人のなかにしか答えはないのだと思う。
僕の場合は、まじめに仕事をしながらも、心はずっと別のところにあった。
自分の心の声に耳を傾けることで、誰かの、ではなく、自分の楽しさや好きを見い出せる。
「心」が自由であれば、「辞めて、何をしたらいいかわからない」とはならないと思う。
これからも心の声に、耳を傾け、「楽しむこと」「幸せを感じること」を追求していきたい。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それでは。