セミリタイアして1ヶ月の感想。毎日快適な生活です。
セミリタイアして約1ヶ月が経ちました。
今日も公園で米粉クッキーを食べ、コーヒーを飲んで読書をしていました。
最近は、週3〜4回ぐらい公園に行ってますが、なんでこんなに好きなんでしょうかね。
広い芝生と緑の木々をたまに見ながらする読書はかなり集中できますし、時間のありがたさを感じるといったところでしょうか。
自分にとっては、お金もかからず、人生の豊かさを感じられる最高の趣味だと思っています。
(暑くなってきたので、そろそろ限界ですが)
最近の1日のルーティーンは、
- 朝5時に起きて、散歩する。
- ヨガをして、朝ごはんを食べる。
- 午前は、株式取引。
- 午後は、だいたい公園でコーヒーを飲みながら読書。家にいるときは、タイ移住関係のYouTubeを見ながらコーヒーを飲む。
- 晩ごはん後に散歩する。
- 寝る前に瞑想する。
といった感じです。
他には、ジムや毎週、岩盤浴に行ってリラックスしています。
岩盤浴の楽しみ方は、
- まず炭酸風呂に入る
- サウナ、水風呂に入り外気浴
-岩盤浴着を着てリラックスシートでコーヒーと読書
- 岩盤浴とリラックスシートで読書、を繰り返す
といった感じ。
頭もすっきりして、読書にも集中できます。
あまり遠出や外食はしていませんが、セミリタイア生活は、毎日快適です。
サラリーマンを辞めて、ストレスが減ったからか睡眠時間が1時間減り、起床時間も1時間早まりました。
しばらく調子の悪かった胃腸も徐々に良くなってきたので、そろそろ外食や旅行などを楽しんでいこうと思います。
ストレスを減らすということは大事だな、とつくづく思います。
■セミリタイア1ヶ月経って感じていること
公務員を退職して1ヶ月ほどですが、僕はどうやらセミリタイアに向いているようです。
向いていると実感しているところは、
- 社会的地位とか気にならない(管理職もしたので、もう十分満足)
- 組織に属することや「人と同じ」がいいとはまったく思わない
- 自分で考えて人生を生きることが大事と考えている
- 相場やヨガを極める、移住や旅行など、やりたいことがいろいろあるので暇だと感じない。
などです。
人の評価を気にしたり、自分でやりたいことや遊びを見つけられないと、セミリタイアやFIREも飽きたり、つらくなるのかもしれませんが、大丈夫そうです。
明日も出勤する必要はなく、自由です。
セミリタイアはやっぱり素晴らしい。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それでは。
株の含み益が吹っ飛ぶ中、大阪難波のCROSS HOTELでゆったりランチ
セミリタイアして3週間ちょっとが経ちました。ゆっくり楽しんでいます。
阿波尾鶏モモ肉のバターナッツ焼き マスタードソース
デザートは、ブランマンジェ、赤葡萄のジュレ、ロールケーキ、ベイクドチーズケーキ、ガトーショコラ、カシスムース、タルト、焼き菓子、マカロン など
食事の量は多くないけど、デザートにコーヒー、どれも美味しく、平日なのに満席状態。内装もおしゃれで、女性にはおすすめです。
街を歩くと人であふれかえっていて、すれ違う人の半分ぐらいが、外国の方でした。
彼らからすると、日本はとにかく物価が安い国なんでしょうね。
あふれかえる人を見ていると、なんか景気がいいように感じるのですが、気のせいでしょうか。
さて、日本株は、上昇トレンドにあります(終わっていなければ)。
史上最高値38,915円を超えてくるのか、超えないとしても、近くまではいくんではないかと、そんなことを考えていましたが、今日も結構下がりましたね。
建玉を少し大きくしていたので、今日のランチ100人分ぐらいの利益が吹っ飛んでいきました、笑。
あまりお腹がすかないので、晩ご飯は大起水産のお寿司を持ち帰り。
1貫ずつチョイスできて、アジは50円、ハマチ、ヤリイカ、つぶ貝は100円、中トロ200円といった感じ。
ずっと日本にいるとわからないけど、外国の人からすると、日本はやっぱり安いんですね。
相場は、来週も下落して始まりそうですね。ランチ何人分になるのかな。
書くことがあまり浮かばないので、しばらくは中身のないことでいこうと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それでは。
セミリタイアして2週間。胃腸の不調と株の利益確定
セミリタイアして2週間経ちました。
感想としては、静かな幸せを日々噛み締めているというところですかね。
ただ、あちこち出かけたいところですが、あまり派手には出かけず、公園や岩盤浴でのんびりしています。
というのも、退職するしばらく前から胃腸の調子が悪くなって、それが今も続いているから。
食後の腹部膨満感やガスが溜まるとか、たいしたことではないのですが、結構不快であまりやる気が出ないのです。
ネットで調べると、IBS(過敏性腸症候群)、SIBO(小腸内細菌異常増殖)、リーキーガットとかいろいろ皆さん悩んでいるみたいですね。
そんなわけで、旅行も棚上げして、食事療法を試しているところです。
不調があるとはいえ、仕事に行かなくていいので、かなり気は楽ですね。
話は変わって、株の利益を一旦すべて確定して、今年6ヶ月間の損益は、500万円の利益になりました。
もっと利益を伸ばせたのではないかという思いがあるので、嬉しいという気持ちも達成感もほとんどありません。
また、年末まで利益を減らさずにいられるか、さらには増やすことができるか。投資、トレードはこれで終わりではないので、まだまだこれからですね。
明日は、タイミングが合えば、売りから入ってみようと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それでは。
セミリタイア5日目の感想
今日のお昼は、刺身定食と、うな丼を妻とシェアして。
セミリタイアしてから5日がたちました。
芝生の公園で、コーヒーを飲みながら音楽を聴いたり、読書をしてゆったりしていました。
今日は、街に出て、ランチをしています。
25年近く続けたサラリーマン生活、どうもすぐには意識から抜けないようです。
明日は仕事かぁ、とか電話がかかってくる、とかふと浮かんできて、「あ、もう辞めたんだ」と気づいたり、平日に街に出かけていると土日だと錯覚したり。
まだまだセミリタイア初心者ですね^_^
これからジワジワと実感がわいてくるのでしょうかね。
辞めたんだと気づくたびに嬉しくなってくるので、悪くはないですが。
ランチ後は、ホテルのカフェでまったり。
アイスコーヒー1杯1000円は高すぎですね〜(^^)
朝、散歩しているときに、通勤するバス待ちの列の横を通り過ぎたり、お昼どきに連れ立ってランチに出かけている会社員の人たちを見ると、「自由になったんだなぁ」と少し実感が出てきます。
皆さん楽しく仕事ができているのでしょうか、そうであればいいのですが。
もし、そうでないならセミリタイア、FIREという道もあることにできるだけ早く気づいてほしいと思います。
でも、気づくことは簡単でも、実行し続けることは難しいのですよね。
いつか、なんらかの形で手助けができればいいな、と思います。
まあ、自分は焦らず、ゆっくり楽しもうと思います。
それでは。
サラリーマン生活の終わりと、新たな始まり。
本日退職しました。明日からセミリタイア生活に入る40代男性です^_^
早速、ネクタイ、Yシャツ、スーツはすべて捨てました。
サラリーマン生活について
たまに充実感もあったけど、全体的には果てしなく長く感じる、ときに苦しいサラリーマン生活でした。
詳しくは書けないのですが、あることがあってから、身体が疲弊していきました。
ふらふらになりながら踏ん張っていて、出口の見えない仄暗いトンネルの中をずっと独り歩き続けているように感じていました。
今日の日を待ち望みながら、進まない時間。よく耐えたなと思う。
同僚たちに辞めると伝えたら、何人かがいろんな話をしてくれた。
「自分もいつまで持つかわからない」「今、暗闇の中にいる」「ずっと薬を飲み続けている」とか。
だけど、経済面で準備をしている人はいなかったし、組織を離れるということが想像できない様が見て取れた。だから、身体を壊すところまで行ってしまうんだな。
つらそうにしている人が言った「辞めても、自分には何もないから」という言葉が印象的だった。
自分で考えて人生を生きようとは、ほとんどの人は考えない、それが普通なのだと改めて感じた。
「教育」の影響かどうか分かりようもないけど、自己の責任や選択を放棄して大きなものに巻かれる生き方は、「楽」であるけど、場合によっては手に負えないような「苦」にもなり得るのだな。
なんの解決にもならないけど、「自分の身体を第一に考えて頑張って」と伝えた。
少しでも楽になること、幸せになることを祈っています。
職場の人たちに感謝
辞めることを伝えたとき、「ショックだ」「寂しい」「考え直せないのか」など、たくさんの人に言われた。
退職手続き書類の提出の際、人事担当者からは、「受取を拒否します」と冗談まじりにも。
送別会をいくつも開催してもらった。
長いサラリーマン生活は、疲弊した身体と引き換えに納得感と感謝にあふれるいい思い出となった。
苦楽を共にしてきた人たちに、この場をお借りして「ありがとう!」と書いておきます。
新たな始まり
「辞めて、次どうするの」と、ほとんどの人に聞かれたけど、自分がしようとしていることは誰にも言えなかった。
その代わりに、「人生を楽しく生きる」とだけ、一部の人には答えた。
しばらく休息をして、本格的に始動していきたいと思う。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それでは。
自分に合う、好きな人生を生きればいいと思う。
セミリタイアまで残り数日となり、ネクタイは、一つだけ残してすべて捨てました。
残りの日数に合わせて、Yシャツやスーツを一つずつ捨てていくことを楽しみにしている、今月末にセミリタイアする40代男性です。
思いついたことをただ書いています。
皆、自分の好きに生きればいい
大企業に勤める知人に、セミリタイアをすると話したときに、「なぜ辞めるのか」と聞かれた。
「自由に楽しく生きたいから」と答えると、「なんで!?、会社で自由に好きなことできるし、仕事は楽しいのに」と言っていた。
その人は、嘘を言っているようには思えない。
自分の会社員時代や転職後の職場では、楽しそうに仕事をしている人はいなかったから、あまりの違いに驚いた。
会社では働きやすいように制度が整っていて、営業マンですらノルマがなく、皆楽しそうに仕事をしている、らしい。
信じられないけど、それが本当で、自分がその会社の会社員だったとしてもやはり定年まで続けることはないと思った。
深く話をしていると、人間が根本的に違うのだなと感じた。
その知人は、生まれもってか、教育なのかはわからないけど、会社員、サラリーマンというものに見事に適応しきっている。
だから、違和感なく、楽しいのだろう。
「会社員が楽しいならいいことだな」と僕は言った。本当にそう思う。
仕事が楽しく、1千万円を超える年収があるなら幸せに違いない。
だけど、自分はそうなりたいとも羨ましいともまったく思わなかった。
自分には自分の幸せがあって、その人の幸せとは違う。
中身の人間が違うのだから、外側を入れ替えてもどうにもならない。
どっちがいいかではなく、人は皆、自分に合うような、自分の好きな人生を生きればいいのだと思う。
自由を選ばないこともまた人生
自分の職場では、「仕事を辞めたら何をしていいかわからない」と言う話を何人かから聞いた。
実際に定年を迎えた人は、ほぼすべての人が再雇用を選択する。
かといって、楽しそうに仕事をしているようにも見えないし、再雇用を選ぶ理由の多くは、「することがない」「続けるのが当たり前」「経済的な問題」なのかと思う。
染まり、適応しきってしまうと、レールの上でしか安心できない、幸せを感じられなくなるのではと思う。
ほとんどの人は「自由」を欲してなどおらず、自由を与えられてもどうしていいかわからないというのが、現実のところではないか。
セミリタイアやFIREした人であっても、教育や社会の呪縛から解き放たれないままだと、自由がストレスになって、会社員に戻る人もいる。
心の声に耳を傾けること
自分の幸せがサラリーマンであるなら、全力で取り組めばいいし、そうでないなら別の道を模索すればいい。
サラリーマン、自営業、起業家、投資家、セミリタイアなど、自分がやりたいことをすればいい。
一生のうちのほとんどの時間が、職場と家の往復という人生を僕は望まないけど、本人がそれでいいのなら、いいのだと思う。
人はそれぞれ違うのだから、どれがいいかなんて話は成立しない。それぞれの人のなかにしか答えはないのだと思う。
僕の場合は、まじめに仕事をしながらも、心はずっと別のところにあった。
自分の心の声に耳を傾けることで、誰かの、ではなく、自分の楽しさや好きを見い出せる。
「心」が自由であれば、「辞めて、何をしたらいいかわからない」とはならないと思う。
これからも心の声に、耳を傾け、「楽しむこと」「幸せを感じること」を追求していきたい。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それでは。
もうすぐセミリタイア!すべては自己責任、自己選択、そして生きるとは探求、修行。
今月末にセミリタイアする40代男性です。
退職することを、職場の人たちが知るようになりました。
職場の人たちには、感謝しかないし、不満があるわけではないので、「なんで辞めるのか」、「何が嫌だったのか」とよく聞かれるけど、うまく答えられない。
そして、「次の職場は決まっているの」と必ず聞かれるけど、職場はまじめな人たちの集まりなので、あまりに落差が大きすぎるように感じてしまって、セミリタイアするとか、20年近く前から決めていた、とは言いにくい。
不満があるから辞めるわけではない
僕は、基本的に不満というものをあまり持たない方です。
不満とは、「甘え」であって、「誰かに何かをしてほしいという欲求」のように感じる。
若い頃は、親に不満を言ったり、入社した会社の愚痴を友人に言ったりしてきた。
それが、徐々にすべては自己責任、自分の選択、だと考えるようになった。
会社に不満があって、嫌なら辞めればいいだけのことで、会社を選んだのは自分であって、強制的に働かされているわけではないのだから。
そうして、新卒で入社した会社は1年で辞めた。
転職が決まって、旅に出た。
インドでは、旅をして3年住んでいるというドイツ人と話しをしたり、サドゥーというあらゆる物質的・世俗的所有を放棄してヨーガを実践したり、放浪する修行者がいることを知った。
日本に帰って仕事が始まってからも考えつづけた。
捨てるということがひらめいて
「捨てる」ということの重要性に気づきだした。
実際に、家のなかにあるものを捨てだした。
「ミニマリズム」ということをいつも考えていると、新たに物を買うことはなくなる。
物が減り、買うことなく、興味もなくなると、自分にとって本当に大事なものが何かと気づきやすくなる。
僕の場合は、「穏やかな時間の流れ」の中に幸せをより感じることができるようになった。
そして、感謝するということが、自分の幸せに直結するということに気づいた。
捨てるという過程では、「不満」も捨ててきたように思う。
少し大げさだけど、「人は幸せでなければならない」と考えている。あるいは、「幸せを追求しなければならない」と。
「他者」や「社会」に何かを求めるから不満が出るのであって、自分の幸せにフォーカスして、他を捨てるならば、不満はなくなるのではないかと思う。
捨てるのは、誰かに「何かをしてもらいたいという欲求」のこと。
少し話が飛びますが、仏教では、大乗仏教と上座部仏教という区分があります。
「大乗仏教(日本の仏教)」は、本来は「悟り」を求めていくものであったけど、時代が下っていくうちに、釈迦の存在そのものが神格化され、「信仰の心」が重視されていくようになった。
一方、「上座部仏教」は基本的に自己完結的で、個人が修行し、「悟り」を開くことを目的としている。
僕は、「上座部仏教」の「基本的に自己完結的で、個人が修行し」、というところに興味を持っていろいろと本を読んできました。
それが、「自分の幸せにフォーカスする」という考え方に影響していると思っています。
誰かの救いになれるなら嬉しい
退職することが知られるようになって、僕より少し若い、別の所属の人と話をしました。
人間関係が酷くて苦しんでいると、少し泣きながら話していた。
なんとかしてあげたいけど、もう何もできない。
でも、僕がこれからしようとしている海外移住のことを伝えた。
「自分だけずるい」と言われた。
その言葉に笑いながら、「貯蓄が大事で、勇気と強い意志が必要で、そして人生は一度切りだ」と伝えた。
すると、目を輝かせて「自分もやりたい」と言ってくれた。
もしそれが救いになるなら嬉しい。
すべては自己責任、自己選択
人はいつか必ず死ぬものですし、お金も地位も名誉も何も持っていけない。
不満を持つなんて時間がもったいないし、いかに楽しく、幸せに生きるかということが自分にとっては、やはり重要です。
「誰か」や「社会」が決めた価値観を盲信するのではなく、困難なことも多いと思うけど、自分で見て、考えて、ときに奮闘しながら生きていきたい。
すべては自己責任、自己選択、そして生きるとは探求、修行なのかなと考えています。
そして、これからセミリタイア生活に入りますが、このブログを書くことで、誰か一人にでも刺さって、道を開くきっかけになるなら嬉しいと思う。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それでは。